【東京美容師物語】日本一の美容師に、俺はなる!
東京は表参道。
「日本一の美容師」を目指すアシスタントのかずやは、今日もチョコチップスティックパンで空腹をしのいでいた。
この物語は、かずやのまわりで巻き起こる笑いと涙の『美容師物語』である。
- かずや
- 美容師アシスタント3年目。日本一の美容師を目指し福岡から上京するも、持ち前の不器用さでシャンプー合格まで半年を費やす。ラーメンは細麺派。長男。
かずやはシャンプー台を離れ、急ぎ足でトイレへ駆け込んだ。
昨晩、〆で食べたラーメンが便器の中に浮かんでいる。
二日酔いでサロンに立つたび「もう二度と呑まない」と心に誓うが、翌週にはまた同じことを繰り返している。
口のなかをゆすぎ再びシャンプー台へと戻ると、何事もなかったかのようにシャワーヘッドを握った。
- 尾形聡子
- 売上300万を誇る人気女性TOPスタイリスト。ビールをこよなく愛する独身アラサー。好きな男性のタイプは孫悟空。
スタッフルームでしじみ汁を飲んでいると、トップスタイリストの尾形が呆れた表情で隣に座った。
尾形の的確すぎる指摘にぐうの音も出ない。
尾形が小瓶に入った白い錠剤を2粒差し出す。
夕方を過ぎる頃にはかずやの調子は戻っていた。
営業を終え、かずやはサロンからすぐの距離にある行きつけの家系ラーメン屋へ向かった。
ラーメン大盛りとサービスの小ライスを頼み席につく。
すると背後からかずやの名を呼ぶ声が聞こえた。
「おぉかずやじゃねーか!」
振り返るとそこにはロン毛にヒゲを生やした大男が、Tシャツ短パン姿で立っていた。
- 大河隆
- 美容室BULBULオーナー。独自の経営手腕で店舗展開を進める凄腕社長。身長202cm。口癖は「日本一の社長に、俺はなる!」
かずやの勤めるBULBULのオーナー、大河だった。
大河は身長202cmの大男で、週に1度だけサロンに立つオーナースタイリストだ。
そう言うと、ラーメン大盛りとチャーシュー丼を注文した。
瓶ビールを追加注文する大河の姿に、頼もしさすら覚えた。
かずやの所属する表参道店は、来月2人のスタイリストが退社する予定だ。
1人は副店長で地元の鹿児島に帰り独立をするという。もう1人は6年目のスタイリスト。彼はフリーランスとして活動するそうだ。
BULBULは現在、東京神奈川を中心に7店舗を展開しているが、近年スタッフの数は減少傾向にある。
そんななかでも毎年20名ほどの新卒採用を行い、2年スパンで新店舗をOPENさせてきた。
そう語る大河の顔は、少年のように無邪気な笑顔になっていた。
糖質制限は3日で諦めたが、日本一の美容室は本気で叶えるつもりのようだ。
かずやは大河の人柄に惹かれて、BULBULに入社した。
同じような想いのスタッフは多いが、日々のサロンワークに追われているとこういった想いは少しずつ薄らいでいってしまう。
涙がこぼれ落ちそうになるのを、必死でこらえた。
そういうと大河は物凄い勢いでラーメンとチャーシュー丼をかき込んだ。
その姿をしばし眺めたあと、かずやも負けじとラーメンと小ライスをかき込んだ。
ガハハハッ!という大河の笑い声が、店内に響き渡った。
ー つづく ー